sundy1987’s blog

1987年生まれ。コミュニケーションの幅を広げたくって自己表現を探り中。

【絲山秋子さんと全国書店員さん座談会】

自己表現の幅を広げるために、短歌やらtwitterを先月から突然始めてみている。当初は自分の心を吐き出すための物だったが、twitterを見るうちに作り手の視点が見えて、そこも面白く感じてきた。ドラマに出ている主演俳優の人は番宣で見られるけど、脇役で出ている俳優、演出家、脚本家などの思いを知ったりすることはまた別に面白いのである。

 

自分がちょうど人生初の創作活動を継続していたことも大きいのかもしれない。

今まで、読むだけだった本の作者などの情報も探すようになった。その中で見つけたのが、絲山秋子さんのtwitterであり、私が大好きな高円寺に来られるイベントがあるということで、思わず行ってしまった。

 

メインのイベントは絲山さんと全国書店員さんの座談会。絲山さんと全国の書店員さん10名は、twitterで交流を始め、その後は手書きの公開書簡を続けていたらしい。

 

twitterでのやり取りもよく知らず、公開されている書簡も知らなかったので、話がわかるか不安だったが、「本好きな人の集会」という雰囲気で面白かった。初めて顔を合わせる人たちもいたようだが、書簡でやり取りを続けていたという関係はとても面白い。かなり内面的な話もしていたのだろう。短い時間であったが、書簡という経験を通じて人と人とのコミュニケーションについて、書店のあり方について深い考察がたくさん詰まっていた。また、話している人たちが小説家と書店員という本好きの方々なので、素敵な表現もたくさんあった。人とコミュニケーションを取るときにあるという「鎧」、公開書簡について表された「放課後のような雰囲気」、「照れ」、「タガが外れる」−メモは話の筋を追うのではなく、表現を追っていて、そうしているうちに、皆さんの想いに思わず引き込まれていた。

 

最近、個性を打ち出す書店は多く感じる。本を充実させる以外のコンセプトを打ち出したり、心地よい空間を演出したり・・・ただ、私自身はそれによって購買活動を変更したことはなかったので、どのように受け止めていいのかわからないことも多かった。それでも、書店員さんのいろいろな想いに触れ、ぜひそのような本屋を積極的に楽しんでいこうと思った。

 

個性を表現することは怖いことだ。私が匿名で行う些細な表現ですら、恐怖を感じることがある。また、自分自身でも表現欲を気持ち悪く感じる。それでも、恥をさらして表現することで新しい発見がたくさんある。正解はわからなくても、思いのままに行動を始めて良かったと思う。

 

本日参加された方でも、公開書簡でどのように表現を行うのか、お客さんの反応をどのように受け止めるのか複雑な想いを話されていた。書店が差別化するために個性を打ち出すことも、私が思っていた以上に大変なことなのかもしれない。失敗することもあるかもしれないし、趣味がはまらない人から批判されることもあるのだろう。それでも、その中でもがくことで、思いもつかなかった新しい書店の形、作者と書店の関係、客と書店の関係が見えてくるのかもしれない。

 

それ以外にも、リアルとバーチャルは二律背反で捉えられがちだけど、相互作用的に好奇心を刺激してくれるのだなという発見もあった。コミュニケーションのチャネルが増えることで好奇心が刺激される機会が増え、感受性を高め、さらに新しい好奇心が湧く。twitterで始めた交流からこのイベントが生まれたように、バーチャルなコミュニケーションがリアルのアクティビティに結びつくこともあるし、逆も起こりうる。

 

そして、最後、絲山さんにサインを貰ってしまってドキドキしすぎて挙動不審になってしまって、挙動不審になる自分にびっくりというか引いてしまった。ドキドキが収まらず、1時間歩いてもまだはぁはぁしてるので、空腹になり、いまカフェでご飯を食べながら、とりあえず気持ちを整理しようとこれを書いている。パネリストの方の表現を借りると、本の作者は神様という言葉をいま噛み締めている。芸術でも仕事でも表現をされている方は、勇気ある方で、尊敬する気持ちがまた新たに沸いた1日だった。 

 

追記:

f:id:sundy1987:20160625162546j:image

写真は亀にイエスキリスト生誕が彫られた雑貨。

動転しすぎて、握手し忘れたし、本も買わずに出てきちゃったし、どうしようとバタバタしてるときに帰り道で動転しながら買ってしまった。