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読書:霧のむこうに住みたい(須賀敦子)

 

霧のむこうに住みたい (河出文庫)
 

 

 須賀敦子さんを初めて知ったのは、確か理系の新書ではなかったか。ずっと昔から読んでいたわけではなく、ここ数年読み始めた著者である。大好きな著者の1人になったが、果たしてもっと昔に出会っていて好きになったかはわからない。

 

 エッセーと小説とさらにはビジネス書から、理系や社会科学の本まで節操なく読む私であるが、そもそもエッセーの魅力に気づいたのが須賀敦子さんの本を読んでなのである。そして、それは周りに好き嫌いを言うだけで自分というものの立ち位置が見えていた幸福な子ども時代には気付けなかったような気がする。

 

 須賀敦子さんのエッセーにはこれといって結論はないものも多い。エポックメイキングな出来事が書かれている感動的な話でもない。例えるなら、ふとしたときの揺らぎのようなものが幾つも幾つも書かれている。そして、それらを幾つも読むうちに、少しずつ心の中にスケッチのように、須賀敦子さんの輪郭が見えてくる。

 

 須賀敦子さんは1929年生まれで、大学卒業の後にパリへ留学。その後、パリに馴染めずイタリアに向かい、そこで出会った方とご結婚された。育ちの良さが伝わる品のある文章と、ヨーロッパでの暮らしに関するエッセーが多い。しかし、エッセーに見える須賀さんの輪郭は単純に華やかなものではない。えもいわれぬ孤独感があり、それはどこから来るのかと引き込まれる。

 

 おそらくは夫を早くに亡くされたことが関係しているのかもしれない。いや、異邦人として外国で一人暮らされてるからなのかもしれない。でも、最終的に気づかされるのは、おそらく、どこでどのように暮らされていても孤独を連れられていた方なのだろうということだ。きっと、孤独に対する繊細な感受性を持っていた方なのだ。

 

 「普通なら〇〇と考える」とか、「みんな〇〇と言っている」という言葉を気軽に人に向ける人はたくさんいる。きっと、共通する感覚や感情を信じられる人はたやすくそれを人にも共有できる。一方で、完全に普遍的な感覚はありえないという見方もある。須賀敦子さんはおそらく、後者の感覚を常に持ち続けていた人であった。しかし、人とのつながりを拒否するわけではない。相容れない人たちの交流や、その中の奇跡のようなつながりを書き続けているからだ。

 

 須賀さんは多くの国や街に旅行した。そして、おそらくその人生も旅に例えられる。たくさんの人の元へ出かけて行き、完全に意見を共有するわけではなく、それでも相手への好奇心を失わず、ふと心が繋がる瞬間を大切に扱う。

 

 マイペースすぎることに不安を抱く時、須賀さんの本を読むととても安心する。ヨーロッパに馴染みのない私には全てのエピソードが理解できるものではないのに不思議だ。私にとっては、エッセーから知る須賀さんの人柄に触れることが一つの旅である。