sundy1987’s blog

1987年生まれ。コミュニケーションの幅を広げたくって自己表現を探り中。

読書:3年の星占い 天秤座(石井ゆかり)

 なぜだか、この本は読んだのに感想を書いていなかった。どこかに占いに頼る恥ずかしさがあったのだろうか。でも、実はこんなに石井さんからメッセージを貰ってたのにまんまと落とし穴に落ちてて恥ずかしかった!というのが、本音かもしれない。

3年の星占い 天秤座 2015-2017

3年の星占い 天秤座 2015-2017

 

 この本は2015-2017の3年間の運勢を書いたものだ。天秤座は、「「〇〇の卵」という甘えに溺れる」という内容であった。まだ夢を追いかけている段階なのに、夢を語る内に現実の自分を見失ってしまうという暗示だった。2014年末にこれを読んだとき、少しそういう兆しがあった。実際にそのときは次の仕事に向けて一生懸命勉強していた時だったからだ。でも、これを読んだから大丈夫!気をつけていこう!なんて思っていた。

 

 それから念願の仕事につけたのだが、成果が出せずに辞めざるを得なくなってしまった。今から思うと、何に困っていて何ならうまく出来るのか周囲と協調できていなかった。うまく出来ないことがあっても「頑張ります!」の一辺倒しか言えていなかった私の心の底で、できないことを認めたくないプライドがあったのが、今ならわかる。

 

 しかし、その直後は私は何がうまくいってなくてそうなったのか、はっきりと腹落ちできなかった。私が悪いことはわかるのであるが…いったい何が本当の問題で、どうすればこれからは信頼関係を結べるだろうかがさっぱりわからなかった。

 

 そんなとき、ある人から、「話を盛るくせがある」と言われて目からウロコだった。あ、私は夢を追いかけている内に少し背伸びして自分を捉えてしまっていたんだなと気づけた。怖いなと思った。人によく思われたいばかりに背伸びをしていたわけでもないのである。夢を追いかける自分を必死に思い浮かべることで、私は私を鼓舞してきたのだ。それが無ければとてもできなかったこともあった。でも、気づかぬ内に少しそれは行きすぎてしまっていたようである。

 

 「占いもうまく使えばいいよ」なんて気軽な意見はよくある。私もどっぷり浸かったり、離れたりしながら、なんとなく占いの使い方をわかったような気がしていた。実態はさっぱり活かせていなかったので、とても恥ずかしい。

 

 占いはなんのためにあるのだろう。エビデンスなんて全然ないのは承知で、でも、私は手に取り続けてる。挙げ句の果てに、今回のような当たってる占いでも、自分の心の弱さでなんとなくやり過ごしてしまうこともあることがわかった。

 

  ただ、改めて本を手に取ってみて-なんだかんだ、お風呂の中やら布団で読み返してきたこの本はボロボロになっているのであるが-古くからの友達が「ほらーやっぱりー!」と笑ってくれているような安心感があった。これは不器用なやり方なのかもしれないけど、私にとってこの本は「一人じゃないよ」と言ってくれる本であったのである。

 

 今、経験したからこそ卵の表現が本当によくわかる。でも、それはつまり、おそらく著者の石井さんも、どこかで卵の状態でコケる人を見たか、もしくは石井さんも近い経験があるということではないだろうか。あと、きっと全国の天秤座の人がそれぞれ色んなことを頭に思い浮かべながらもがいている…そんな想像を貰えるだけで、私は少し嬉しいのだ。