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読書:だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール (幻冬舎文庫)(小林紀晴)

 著者の小林紀晴さんの「国道20号線」という小説が子どものころ大好きであった。学校をさぼって通った図書館で何回読んだか覚えていない。今から考えると、碌に内容も分かっていなかったと思うが、鬱屈とした空気感がその時の気分にぴったりであったのであろう。

 

 ふと、本屋に行った時に懐かしい著者の名前を見て、思わず手に取ってしまった。題名がなんだかポジティブである。いったい、どのような本なのであろうか。繊細な人は世界の複雑さを抱えきれなくて、突然シンプルな言動を取り始めることがある。小林さんも自己啓発的な内容を語るような人になってしまっていたらどうしようー不安はあったが購入した。その後、登山を趣味とする人に聞いたところ、この竹内さんは世界的な登山家で独自の登山観を持った人らしい。それを聞いて、ようやく開いて読んでみた。

 

 本の内容は著者がインタビュアーとして登山家の竹内洋岳さんに聞いた登山観の本であった。写真も多く、各セクションが短く構成されているので、かなり読みやすい。世界的な登山家へのインタビューであるが、チョモランマを初めとする世界の有名な山への登山体験を聞いた章と、著者と登山家自身が八ヶ岳に登りながらの応答が順番に配置されている。

 

 命がけの登山を行った経験がある人は少ないと思うが、著者が八ヶ岳で竹内さんに遅れを取りながらその違いを丁寧に聞いているので、自ずと感情移入ができる。著者の靴は汚れるのに、竹内さんの靴は汚れない。著者は水や食べ物を休憩のたびに摂るのに、竹内さんは殆ど摂らない。まずは、登場時の荷物からして竹内さんは圧倒的に少ない。

 

 登山というテーマは決してメジャーなものではないが、テレビのドキュメンタリーのようにしっかりと絵が思い浮かび、最後まで読める。最後、著者は竹内さんの登山観について人生哲学にも通じる美学を感じ取る。私自身、まだ全貌をつかみきれた自信はないし、また、深い内容故に人それぞれに、心に響く箇所は違うのであろう。

 

 私が最も感銘を受けたのは、究極的に精神性を排除する姿勢をとりながら、かつ竹内さんの持つポジティブな力である。竹内さんは運で事象を解釈することをしない。また、登山に対する解釈にも多様性を持っており、べき論をかざすような人物ではない。本著でも「である論」に終始している。しかし、インタビューからは他人からの影響を受けない冷めた唯我独尊的な人物は感じられない。また、夢を語らないわけではない。それらについても声高に語ることはないが、竹内さんは他人に対しても自分に対しても、さらには山に対しても前向きな人なのである。

 

 通常、冷静さと前向きさはあまり両立をしないのではないのであろうか。前向きである余りに周りに押し付けがましさが発生すると、「意識高い系」と呼ばれる。逆に、冷静に現状を捉えると、「サトリ系」と呼ばれる。冷静でありながら、前向きさを維持するとはいったいどのような状態なのであろうか。一つ感じているのは、自然に近く生きている人はこれが両立するかもしれないということだ。まさしく、竹内さんは山にいて生命の危機を感じると、自分自身が生きようとするー死なないようにすると語っている。そのような自分の本質に気づくことができれば、もしかしたらこれらは両立できるのかもしれない。

 

 

 

 

国道20号線

国道20号線